飛鳥旬プロデュース

糖質制限食1

糖質制限。

最近、この言葉をよく耳にする。

以前から、『糖質制限食』なるものがあることは知っていた。

が、正直、それほど関心があった訳ではない。

それより『糖質制限』と聞くと、私がイメージするのはむしろ江部先生。

江部先生。

今では『糖質制限食』と言えば江部先生と言うほど有名になられた感がある。

ご存知の方も多いと思うが、江部先生は京都、高雄病院の医師であり理事長でもある。

そして、私がアトピーを克服できたのも、この方の存在が大きい。

私が、高雄病院に入院したのは1990年代の初め。

当時の私はアトピーが劇的に悪化。

もう、にっちもさっちも行かない状態で、休職を余儀なくされた時期だった。

それまでの私は難病治療で有名だった甲田療法に傾倒していて、『もうこれしかない…』と決死の覚悟で始めた生菜食療法が継続できず、挫折感&自己嫌悪に苛まれている最中だった。

因みに、この生菜食療法。

今ならサラリーマンが会社勤めをしながら取組めるような生易しい療法ではないことくらい想像が付くのだが、当時の私にはまだまだそこまでの判断力も経験もなかった。

『アトピーどころか、このままでは社会復帰すらできない…』

江部先生と出会ったのは、そんな時期だった。

当時、高雄病院はアトピー患者の駆け込み寺のような存在。

入院するのに数か月待ちの状態が普通だったが、私の場合、運良く空きの出た個室に入れた。

ところが、当時の私はガチガチのステロイド拒否患者。

今なら入院そのものを断られても仕方ないほどだが、当時、江部先生をはじめスタッフの皆さんは優しく、本当に優しく自分を迎えて頂いた。

で、入院中、私が何をやっていたのかと言えば、それは『絶食療法』。

今でもそうだが、当時、高雄病院と言えば漢方を取り入れた治療で有名だったが、私に関する限り、アトピー治療に絶大な効果をもたらしたのは絶食療法の方だった。

あれほど酷かったアトピーが、診察ごとに良くなっていったのだから。

実際、あの時の絶食療法を通じて『アトピーの治し方』みたいなものを私自身が掴んだのは事実。

あの時の体験が無ければ、恐らく、今このブログを書いていることもないだろう・・

そう言えば当時、江部先生とは何度か嵐山方面に散歩した思い出がある。

勿論、私ひとりではなく他の患者も一緒なのだが、医者と患者が一緒に歩き、その中で交わされる他愛もない会話。

そういう事の方が印象深い。

その江部先生が『糖質制限食』なるものを唱えられた時は最初、正直言って面食らった。

『これは自分の知っている江部先生ではない・・・』  

これが第一印象だったのだ。

何故なら、自分の抱く医師、江部先生の印象は『真っ当で中立的な人』と言う印象だったから。

『真っ当で中立的』とは、『バランス感覚が良く』て『極端に走らない』と言う意味でもある。

中でも、私にとって『極端に走らない』と言う点は見逃せない。

理由は、今まで自分が成人病にならず健康なのは、この『極端に走らない』をベースにした食生活に負う部分が大だと感じているからだ。

そういう意味で、『主食をやめると健康になる』と言うのはまさに????だった。

それでも、『もしかして…』と言うのはあった。

その『もしかして…』とは、『自己体験』だ。

そう。自己体験。これは私自身が強烈に体験しているので良くわかる。

要するに、アトピーならアトピー、糖尿病なら糖尿病を自力で治すと、その自己体験が強烈であればあるほど、その療法を現実以上に過大評価してしまうと言う意味。

つまり、『客観的に観る』と言う部分の点数が甘くなる。

しかしながら、素人の自分ならともかく、臨床医としての江部先生がそんな筈はないだろう・・

いろんな想像が頭の中をよぎる。

で、私の出した結論はこうだ。

『俺もやる』(私)

『何を?』(妻)

『糖質制限食』(私)

『・・・・・ 始まった』(呆れる妻)

人の主張に対して、あーでもないこーでもないと言うのは簡単。

それに、推測だけでモノを言うのも簡単。

でも、それは決してフェアーなやり方ではない。

一番確実なのは、自分もやってみること。

これに勝るものはないだろう。

それに幸いと言うか、たまたまと言うか、自分の場合、定期的な健康診断ではコレステロール値が少し高め。ちょうど何かやってみようと思っていた所でもある。

一方、読者から『糖質制限に対する飛鳥さんのご意見を…』と言うのも増えている。

そういう訳で、『糖質制限食』

アトピーでもない人、糖尿病でもない人が糖質制限(プチ糖質制限食=夕食のみ主食抜き)を実践するとどうなるのか?

途中経過をこのブログにアップしようと思います。